thalaj

書く事で自分と見つめあって、少しだけ癒される

縮まる仲 2020/04/19

街を歩いていても、最近は人とすれ違うことが多くなったが、今日は一段と外に人が出ていた。

昨日の雨と打って変わって暑いほど晴れたせいだろう。家にいるとうずうずするような快晴だったのは確かだ。
子供と公園から帰る人。家族で犬の散歩に出ている人たち。
この街にはこんなに人がいたのかとびっくりするほどだった。

コロナウイルスの影響で、私たちは家族や仕事仲間との距離を、少し縮められたのではないだろうか。
家族とともに過ごす時間が増える。自然と会話も増える。
会社でも、今後の働き方は?体調の悪い人は?不安な中で、横のつながりが増えているのではないだろうか。
今まで外に目を向けすぎて、ないがしろにしがちだった共に生きる仲間と助けあうことができていると思う。

もちろん、近づきすぎて関係が崩れ、問題になっているということがあるので一概に良いとは言えないが。

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私は毎日30分~1時間外を歩いている中で、いろんなことを考える。

毎日の考え事は、だいたいは希死念慮から始まる。

生きていても仕方ないと思う。私には未来がない。ほかの人には歩めているはずの道を歩めていない。
すぐに疲れるし、一人になると孤独感でつらい気持ちになる。多分いま一人暮らししても、ずっと布団の上から動けなくなるだろう。

しかし、死ぬのは怖い。

怖いし、家族が悲しむ姿を見たいわけではない。
誰かの迷惑になりたいわけではない。
これ以上家族を幸せにすることは私にはできないと思う。
でも、死ぬと悲しむなら、仕方がないから生きている。

「なぜ生きているのか」
「何のために生きているのか」

そう聞かれたら、「死ねないから」としか答えられないのが現状だ。

では、

「何のために仕事をしているのか?」

と聞かれると、
「生きて迷惑をかけないためにも、私は仕事をしなくてはならないから」となる。

しかし、私だって人の役に立ちたい。

このコロナ禍で、私の今の仕事は人の役に立てているだろうか。

・・・できているかもしれない。

在宅勤務を強いられる人と人をつなげることができるITの会社で、今大変な時期を迎えている業界の方に向けて解決策の情報提供ができているんだ。

私は、仕事で人の役に立つことが、できているかもしれない。
もっと、私なりのやり方で人の役に立つことができるかもしれない。

そんな前向きな答えを出すことができた、素晴らしい日だった。

書く仕事も、あまり自信がなかった。
人が感動するような文章が書けないし、SEO対策に強いライティングの手法もいまいちわかっていない。
しかし、私は現場にある最先端の情報を凝縮して、拙いなりに価値のある情報を提供することができる。

私でなくともできる仕事かもしれない。

でも、誰よりも愛情をもって取り組んでいる。
これからは、誰が見てもわかるくらいの熱と姿勢で取り組んでいきたい。

今のところ、私が生きる理由になりそうだから。